チェロとお昼寝

趣味のチェロとか とにかくもろもろ。アラ還主婦のつぶやき

オーケストラに入る「暗号」

最近、昔読んだ本を読み直しています。
とは言っても、前の本は全て処分してしまったので、記憶をもとにAmazonでまた買い直ししている状態ですが。題名忘れていても、レビューがあるので、探し出すことが出来て、欲しいものがまた手元にやってきます。ひと昔前ならそんなことは出来なかったでしょうから、良い時代に生まれたものです。
岩城宏之さんの本も何冊か買いました。
岩城さんは、15年ほど前に73歳で亡くなった国際的な指揮者です。芸大在学中からN響の副指揮者に抜擢されて、日本人で初めてウィーンフィルを指揮し、ベルリンフィルなど著名なオーケストラを指揮して世界中て活躍されました。日本でもアンサンブル金沢の設立、発展に尽力されました。
 そんな活躍で見聞きした話をもとに、沢山のエッセイを書かれています。
 文章も軽妙で読みやすく、クラシックの世界の垣根を低く低くしてくださいました。有名な指揮者から裏方の有名人まで生き生きとクラシックの世界を描いていらして、いま読んでも楽しいし、年をとって再び読むことで違う世界も堪能できて。ちょっと嬉しい時間を過ごしています。

私は、高校までピアノは習っていたもののクラシックはほとんど無縁でした。ただ、合奏をしたくて、ただそれだけで大学でオーケストラ部に入部しました。別にオーケストラでなくても吹奏楽でもマンドリン部でもギター部でも何でも良かったのです。
入学した大学の合奏は、オーケストラ以外にはギター部と軽音部と合唱がありましたが、最初に訪問したオーケストラ部が「初心者でもどうぞどうぞ」と言ってもらえたのと、大きな編成の方が人付き合いも広くなって良いかな?という理由でオーケストラに入りました。そして楽器選びも、よくわからない展開でチェロを弾くことになりました。
初めての弦楽器で、これは苦労するだろうなと思っていて、それは予想通りでした。それはそれで大変だったのですが、予想外に困ったのが飲み会やお茶会で繰り広げられる音楽談義がさっぱりわからなかったことで。
先輩の話はもちろん、同級生の話でさえ、さっぱりわからないのです。

片言しか喋れないのに留学して、周りが何を言ってるかわからない。。そんな感じで。
曲の話、指揮者の話、プロオケの話、作曲家の話。どれひとつわからない。

クラシック番組見ながら、この曲好き。とかこの人上手。とか言うことはあったけど、ケーキパクつきながら「モーツァルトはわかんないよなぁ」とか「僕はマーラーを弾きたいんだ」とか。。20歳そこらの若者が何を言ってるんだというような話と、「何番の何楽章のあそこのメロディ。良いよなぁ」とか、なんか細かいところまで。。

大人数ならわからなくてもウンウンと笑顔で頷いたり笑ったりしていればなんとかその場はやり過ごせるけれど、少人数になったときは、そう言うわけにはいかないので、本当に困りました。

???が頭の中を渦巻いて家に帰るとどっと疲れて。。とにかく、訳わからないから頭を活性化させるために早く寝ようと(笑)冗談みたいな話ですが、本当に早く寝ていました。まずは睡眠と(笑)

なんでみんなそんなに知ってるの?と聞くと、小さい頃から好きで聴いてたとか、親が好きだったから自然と聴くようになったとか。。
我が家は、たまにテレビでクラシック番組を見ることはあったけれど家庭内でクラシックが鳴ることは無かったし、クラシック好きの祖父は、もう他界していたし。

話は岩城宏之さんに戻ります。
岩城さんも全く「普通」の、音楽に関係ない、家庭で育ったようです。
しかし、小学生の頃、骨の病気で歩くこと動くことを禁止され、それでも腹這いで動き回る息子を心配したご両親が「寝たままで遊べるもの」と木琴を買い与えたそうです。丁度木琴の平岡養一さんが日本で大人気だったらしいので岩城少年の希望でもあったらしいのですが。
岩城少年は大喜びで弾き始めました。そこが岩城さんの「音楽こと初め」になります。
そこから先は岩城さんの本をそのままコピー

平岡養一さんのレコードが1枚だけ手に入った「ドナウ川のさざなみ」だった。楽譜と言うものの存在を知らなかったので、レコードを何回も聞いて覚え、それらしい真似事を1日中飽きずにやっていた。そのうちに僕のおもちゃの木琴では、どうしても出ない音がいくつかあることに気がついた。例えば「ファ」と「ソ」の間の音が欲しい。2つ一緒に叩いてもその音は出ない。音楽の本を買ってきてもらって、半音の存在を知り、せがんでおもちゃに毛の生えた位の半音付きのが、やっと手に入った。

中略

空襲の最中だったし、知り合いに音楽をやっている人もいなかったので、何もかも自分でやらなければならないのだ。でも暗号解読に成功して、まるで自分が音楽を発見したような気になった、その時々の喜びは大きかった。能率は悪かったが何でも最初から教えられながらやったのよりは、いちいち発見の喜びを味わったほうが、幸福だったかもしれないと思っている。

その先も岩城少年の「発見」は続きます。
そして芸大、N響副指揮者になり、世界的な指揮者になられるのですが。。

岩城さんと状況は全然違いますが、周りの話がわからなくて途方にくれた私は、何とかしなくては、と1人で考えました。

私の大学のオケの弦楽器は初心者が多くて、初心者でも3年生になると「トップ」というパートを率いていく立場になります。めちゃくちゃな話ですが、1年生の春に初めて楽器を触った人が、3年になると1番前で交響曲を弾くのです。下手したら、トップソロ(曲の中で1人だけで弾く)もあるかもしれないという、とにかく行け行けドンドンのあり得ない世界です。
しかも、トップになると演奏技術(?)も大事だけど他のパートとのやりとりも必要になってきて、技術も知識もない私がトップになったら(チェロ1人しかいなかったので必然的にトップになる)とてもとてもやっていかれない。考えるだけで怖い話で。

とにかくどうにかしなくちゃいけない。
それだけは確かで。
でも、どうすれば?っていうとさっぱりわからない。周りに相談すればと思うけど、あまりに初歩的で、恥ずかしすぎて相談もできず。
もう自力で頑張ろうと(笑)

で、
まずは、「曲を知ろう」と

そうは言っても膨大な量があるので、どこから手をつければよいかわかりません。
で、その訳の分からない(笑)友達の会話の中で出てくる曲を片っ端から聴くことにしました。
その日話の中で出てきた曲の名前をひとつ覚える。(1度に沢山は無理なので、1番メジャーそうなもの)
次の日レコード屋さんに行って、レコードを買いました。

どの指揮者を買えばなんてわかりませんけどカラヤンベルリンフィルは、知っていたので、そればかり。

そして、聴きまくりました。

来る日も来る日もレコードは鳴り続け。
家族からは、うるさい!と言われるので
プレーヤーを自室に上げて、また聴いて。

どうやって、聴くのか?なんてわかってなかったけれど、とにかく聴きまくって。話題に出てくる曲は沢山あるので、どんどん買ってどんどん聴いてました。
高校生まではあまり物欲がなく、お年玉を使うことなく、貯まっていたので、レコードは問題なく買えました。ありがたいことでした。

前は睡眠時間を確保して、鋭気を養っていたんですけど、今度は睡眠時間を削ってレコードを聴いていました。

で、

1年くらいたつとなんとなく友達や先輩の話がわかるようになってきました。「モーツァルトはわかんない」と言う状況にも慣れてきたし、「なんかわかる」と思えるようにもなってきました。やっと話の輪の中に入れたって感じです。

クラシックなんて膨大な曲があるのだから、話に追いつくには何百と曲を覚えなくてはいけないと思っていたんですけど、
スタンダードな交響曲20曲くらいと序曲数十曲知っていれば、話の輪に入ることぐらいなら充分だというのがわかりました。

もちろん、皆もっと知っているのだけど、そういう言わばマイナーな曲は、あまり話題に出ないし、例え出ても知らない人も多いから、もうその場で「どんな曲?」とか「誰かおすすめ?」とか聞いても、問題ないし。。
あとは、いつもの通り、レコード屋さんに行けばよいし、もうそのくらいになると
「テープとってきてあげる」
とおすすめのものをダビングしてくれる人も現れて。。楽に曲を知ることができるようになりました。

曲を知ってくると、指揮者やオーケストラ。これはそれぞれ好みがありますから、みんな語ってくれます(笑)
全く知らないときは、口も挟めませんでしたが、ちょっと知識ができると、「入門者」として、時々質問が出来るようになりました。特に少人数のときは、その質問で会話のきっかけが掴めて、集まりも楽しくなりました。

今思うと、そこがわたしの「オーケストラこと初め」だったと思うのです。
岩城少年のように、半音を見つけ出すような凄い発見はしなかったけれど、私なりにオーケストラ仲間に入る「暗号」を解いた気がします。
だから、下手くそでも、チェロさえあれば色々な団体に向かっていける状態になったんだと思っています。
まあ、度胸がついたということもあるんでしょうが。

ただ問題が。

団体に入って行かれるのは素晴らしいのですが、
「まあ迷惑にはならない」程度のもので。
戦力にはならないのです。

それは、技術が必要で。。。

それが大変。
やみくもにやれば良いもんでもないし。
1年そこらで身につくものでもない。
ゴールはないし、一息つけるところもないのでしょうが。

多分、チェロが弾けなくなる最後の日も答えは出ていないと思います。
でも、
こちらの「暗号解読」
急ぐことはないので。焦ることもないので。。。
私なりのテンポでやればいい。

ちょっとずつちょっとずつ 楽しんで解読して行こうと思います。

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最後の晩餐

随分昔の事だけど。
今も続いているニュースステーションの司会が久米宏さんだった頃。
最後の晩餐という時間があった。
明日死ぬとわかっていたら、最後の晩餐に何を食べたいですか?
という問い。
著名人が語る「最後に食べたいもの」は、
意外なものが出てきたり、そうそうと納得させられるものもあって、人気のある企画だった。

今はあまりお見かけしないが女優の葉月里緒奈さんも出演された。綺麗で演技力もある女優さんだったが恋の噂の方が盛んで「ら魔生の女」としてバッシングを受けていた。にも関わらず、堂々と「何もいりません。愛する人と一緒にいられれば何も食べなくてよいです」と言われて、さすがぁと思った。

 プロレスラーのジャイアント馬場さんは、「豆大福」と嬉しそうに答えた。
その頃は現役はとっくに引退されて、晩年を迎えていらした。プロレスを観ることが無かった私にとっては、多分ジャイアント馬場さんが喋ったのを見たのは初めてだったと思う。
「初めて」みた馬場さんは、人懐こい笑顔で、にこやかにそして、話し言葉が本当に綺麗だった。プロレスラーは「無口」だし、「口下手」と思い込んでいたのでかなり意外だった。
そして、出てきたのが「豆大福」
馬場さんは読書が大好きとのことで(失礼ながら、これも私にとっては意外だった)読書をしながら豆大福を食べるのが本当に幸せだと言っていらした。決して饒舌ではないけれど、一言一言大切に「豆大福」を語る馬場さんを見ていると、本当に豆大福が食べたくなってきた。
 私は「豆大福」は食べたことはあったけれど、好きでも嫌いでもなかった。でも、放送を見て、無性に「豆大福」が食べたくなって、買いに行った。「甘い中に豆の塩味があるのが良い」と、言ってらした様な気がする。確かに甘いだけではなく、ちょっと塩味があると口の中が落ち着いて後味も良くなるような気がした。
それ以来、豆大福は、私の大好物になった。

 私の「最後の晩餐は?」と考えてみた。
気が小さいので、明日死ぬとわかったらもう何を食べたいなんて考えられないと思う。無駄にあたふたして、訳もわからず当日を迎えそうだ。
もし、考えられる余裕があったとしても、新しく買い物はしないような気がする。多分、冷蔵庫の中を見て、残り物をどうやって処分するか考えて(笑)夕食を作るだろう。
飲み物くらいは奮発するかもしれない。でも、スパークリングワインをシャンパンに奮発するくらいだろう。ビールも飲みたいな。ベルギービールが好きだけど、でもやっぱりサッポロビールで締めたい。日本酒も飲みたいけど。最後の日に二日酔いは嫌だからやめておこう。
出来れば、1人じゃないのが良い。いつもの家族と普通にご飯を食べるのが良い。何も変わらない雰囲気が良い。

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心に残る歌も。。

一年生になったら
一年生になったら
ともだち100人できるかな

山本直純さん作曲
まどみちおさん作詞の歌

今も歌い継がれている名曲

わたしも歌った
息子も歌ってた

でも、わたしはこの歌は結構なプレッシャーだった。

幼稚園生が小学生になったときのわくわく感を歌ってるんだけど。

ともだち100人はハードルが高かった。。

小学生になったらともだち100人作らないといけない
と、プレッシャーを感じていた。

友達100人できないと、出来損ない(笑)の子どものような気がして、一生懸命思いつく友達を数えたけれど。
どう数えても100人にならなかった。
幼稚園生には無理な話なんだけど。
何故かプレッシャーを感じて歌っていた。

今も思うのだけど
なんであんなに周りの大人は、小さい子どもに友達のことを聞くのだろう?

久しぶりに会ったおじさんもおばさんも必ず
「ともだちできた?仲良しはだれ?」
と聞いてきた。
子どもながらに不思議だった。
仲良しの友達の名前を言っても、わからないだろうに。何で聞くんだろう?
それに、友達いない子だったらどうするんだろう?
思いながらもすなおに答えていたが、
もやもやが残っていた。
ある時は
「仲良しはいない」
と答えてみた。
大人は、絶句して、何で仲良しがいないのか聞いてきて、余計ややこしくなった。

ある時は
「みんな仲良し」
と答えてみた。
特別の友達はいないのか?と重ねて問いただされ、また面倒なことになった。

結局、適当に名前を言っておけば、平和にすむことがわかった。

今わたしは絶対に子ども達に友達のことは聞かない。


今なら断言できるが、小学生はもちろん大人でも友達100人は無理だろう。

あの歌が
「友達 できるかな?
だったらプレッシャーは全く無かった。
せめて、
「友達 いっぱいできるかな?
くらいでも、プレッシャーはかなり少なかったろう。
100人という数字で具体的に表したから
プレッシャーになった。

それだけインパクトのある歌で、素晴らしいものだったから、余計に子どもの胸にささった。。



中学高校はお嬢様学校だった。

正しく清くしとやかに
心を磨き 身を鍛え
朝より昼とめぐらせて

と校歌まで良妻賢母の言葉が並んでいた。

6年間在籍したので、100回以上歌っていると思う。
今でも歌えるので、それ以上かもしれない。
でも、全くプレッシャーにならない。

ともだち100人
で、プレッシャーにさいなまれたのに
良妻賢母の言葉を長く並べられても全く平気で、鼻歌で歌うようになっている。

何が違うのか?
わからないけれど。

どちらも、滅多に思い出すことはないが、思い出して、ほっこり感があるのは、断然校歌の方だ。


ちなみに、良妻賢母を唱えられ育てられた中高の同級生。
物凄く離婚率が高い。
全く心に残らなかったようだ。


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ウィーンフィル日本公演に思うこと

映画のキャンペーンなのか、最近中谷美紀さんをテレビよく拝見します。
先日もNHKの朝イチに出演していらしていました。
中谷さんは、3年前にウィーンフィルビオラ奏者とご結婚なさって、ザルツブルクと日本の間を半年ずつ行き来していらっしゃるとか。

番組で使われた写真2枚
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ステキ!と思いさぞや優雅な生活と思うのですが。
でも旦那さんの仕事が無くなって大変!と言うお話もあり。。もちろん、大変さもレベルがあり、個人差もあり、お金の問題なのか、心の問題なのかもわからないのですが。(つまり何にもわかってない)

とにかく

どこの国のオーケストラも仕事が無くなって大変なようです。
ニューヨークフィルが昨日のニュースで1年半ぶりに演奏会を再開したと伝えられていました。
ベルリンフィル も6月に本拠地で演奏会を再開したばかり。
国内での演奏会も未だに大変で、海外アーティストなんて、とてもとてもって感じですが。

今年もウィーンフィルは11月に来日演奏会をします。
シューベルトの「グレイト」を聴きたい私としてはとてもとても行きたくて、果敢にもチケットを取ろうと挑戦したのですが、見事に振られ。
それについては過去ログで書いてありますので、良かったら

o-chancello.net


でも、昨年の11月。
日本はちょっと感染者が減って、GO TOキャンペーンと経済を戻そうとやっきになっているころ。劇場の観客数も100%に戻ったときに。

ウィーンフィルは日本公演をやってるんです。
7公演➕1(追加公演)(東京、神奈川、大阪、福岡)
とかなり大がかり。

海外からのアーティストの公演は軒並みキャンセルだったのに、ウィーンフィルがくるという話を聞いて、出た言葉は「えー!!無理でしょ。」でした。

オーケストラという大所帯がそのまま日本に来て演奏会って、何を無謀な!と。
多分そう思ったのは私だけではなかったと思います。

11月に日本で演奏会を行うという予定はもともとあり、チケットは4月に売り出していました。(緊急事態宣言の劇場定員50パーセントに合わせて売っていたらしい)
でもとてもとても海外からオーケストラを呼べる状態ではなく。私もやることは知っていたけど、もちろん中止か延期だろうなと思ってました。(もちろんチケットは買ってませんというか、高すぎて。。。買う気がなかった)

結局、やろうと決めたのが本番1ヶ月前の10月だったとか
多分、観客が100%入れられることがわかった時点で判断したのだろうと思います(9月中旬に50%から100%に解禁になった)
そこから、チャーター機を探して、感染対策を考えてと。
失敗したらそれこそ世間から総攻撃を受けるでしょうし、そうなるとダメージも大きいでしょうから担当の方大変だったと思います。

でもなんでそんなにまでして?
商業的にもそれほど儲かる話ではないと思います。
確かに、ウィーンフィルともなるとチケット代も高いし、売れるしでやりたい思いはあるでしょうけど。
今回はコロナという訳のわからないものも加わり、感染対策に対する費用は莫大です。
世間の反応も怖いでしょう。 それなのになんで開催するんだろう?

と思ったら。
オーストリア政府が懇願してきて、実現したとか。
政府間でオーケーしたらしいんです。
もちろん、オーストリアもコロナが蔓延していて、結局出発する時はオーストリアはロックダウン中でした。コンサートも禁止で夜間の外出制限もあった時期。突然蔓延した訳ではないので、その前から入国制限もしていたし、もちろん渡航自粛も出ていたはず。

現に台湾とか韓国とか中国とか。
ウィーンフィルは他の国の公演も考えていたらしいのですが。
実現せず(断られた?)
日本だけがオーケーした。

菅政権も思い切ったことをしたもんです。

政府の後押しと観客100%がきっかけだったのでしょう。
入国待機期間2週間も免除されるし、色んなことが「特別扱い」になるんですから、色々楽になるし。(その代わりチャーター機とか新幹線貸切とか一般人との接触を防ぐために莫大な費用が必要だったようですが)
でもそれでも大博打だと思います。よくぞ決心したもんです。

10月の終わりに(演奏会は11月初旬)残りのチケットを販売開始しました。
いろんな意味でギリギリだったようです。

でも、私は10月発売の情報を受けて、チケットの残り状況を見たんですけど。
全部空いてました。
ウィーンフィルのチケットが全部空いてるってびっくりしましたけど。
流石に皆躊躇したのでしょう。
私も、いやあ、チャンスじゃない!とチラッと思ったのですけど。
でも、突然の出来事にうろたえ、そして値段(19000円から39000円)に臆してしまい。
諦めました。気が弱いので。。。

そうは言ってもチケットは全部売れたようです。
チケットの売れ行きが良かったせいか。
東京公演では追加公演まで行われました。普段は安くても19000円のチケットが25歳以下に限って、学生席(舞台の裏の席)を3900円にするという素敵な試みもされて。。それにあたった学生さん。得しましたねえ。

舞台裏も大変だったようで 

出発直前にウィーンの劇場前で爆発テロがあり。(団員はホテルにいて無事)
また出発直前のPCRビオラの団員が感染していることがわかり。その周りの人たち(ビオラ?)5人も濃厚接触者になって急遽渡航中止。
代わりのビオラがいなかったのか、バイオリンで予備要員だった2人をビオラに回して、急遽メンバーの入れ替えがあったとか。
バイオリンからビオラって弦の音も違うし、楽器も大きいし。でもそんなにすぐ切り替えが行くって、すごいですね
運送は、
まず、全日空が空っぽの飛行機をウィーンまで飛ばして、団員だけのせて、福岡まで運んだんだそうです。もちろんチャーター機です。
福岡から大阪、東京までの新幹線も全部貸切。
ホテルもワンフロア貸切。
食事もホテルで貸切。小学生みたいに全員同じ向きを向いて食べたとか(ヨーロッパ人がそんなことできるのだろうか?)
外出も禁止(外人の団体が外歩いてたら目立ちますからねえ)
一般人、特に日本の友達との接触も禁止(出来たかな?)

日本で発症した方はいらっしゃらなかったそうです。

堤剛さんのドボルザークのチェロコンチェルトとか。
チャイコフスキーの悲愴とか演奏会は、ブラボーもなく、静かに行われたそうですがとても感動的なものだったそうです。

演奏会を強行したことについて、賛否が分かれるのは当然と思いますが。
コロナ下でウィーンフィルを聴くってなかなか出来ないことなので、私はとても羨ましかったし、よく頑張ったなと思いました。
一流の奏者でも、こうやって無理押してやってるっていうのは、頑張っていることが伝わって励みになりました。

その時はそう思ったのですけど。
コンサートに行かなかった(行けなかった?)から言うのかもしれないけれど

今思うこととして。
ちょっとやりすぎじゃないかな?と思っています。

芸術は大切なことと思うけれど。
そこまで「特別扱い」は必要ないのではないかと。
民間がやるのだから、お金かかっても良いのだろうと言うのだろうけど。
そんなに上手なお金の使い方ではないし、褒められたものではないんじゃないか?
あんまりかっこよくないな
と思うようになりました。

どうしても生が見たいと言うなら、落ち着いてから 見に行けば良いし
今はオンラインで色々なところがやっています。

それと
ルールを改定してまで(2週間ルールを撤廃)一度やってしまうとそのままズルズルと特例がまかり通ってしまうので。
ちょっと怖いなとも思っています。

よく、国会議員とか医師会とかの自粛を呼びかける方々が、宴会や夜の飲み会をやって
「感染対策は十分やっていた。誤解を招く行動をしたことは反省する」と言っているのは、結局「自分たちは特例」と言っていてるのと同じで。
このウィーンフィル来日対策も同じじゃないかと思うようになりました。

私はすぐに木に登るタイプで。
裏に潜んでいる大事なことを見落としてしまうのですが。

演奏会に関係する、「開催してやる」と言う心意気はすごいと思うけれど。
私はあんまり賛成しないし、必要以上の「特別」は使わず、でも楽しく生きる方法を見つけようと思います。
多分その方が後々楽なんじゃないかと。。。。
無理しすぎはいけません。

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こだわりのエンドピン

以前も書いたことがありますが

飛行機にチェロを持って乗る時は、チェロは1人分の料金を払わなくてはいけません。
だから2人分の料金を払わなくてはいけないんです。チェロは大きくて、席ひとつ使うからだという理論なんでしょうが、なんとも高い値段です。
そんなにまでして乗せても、たまに「凶器になる」とケチをつけられることもあるらしいです。
なんでも弦が危ないとか。。
どう危ないのか理解に苦しみますが、弦よりよっぽどエンドピンの方が危ないと思うんですが。。。

硬いし、とんがってるし。。長さも50センチ位。 充分凶器になるけど㊙️
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チェロを支えるエンドピン
チェロを支えるために必要なものです。

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エンドピン無しで、膝で挟んで弾くって方もいらっしゃるようですが、それはごく少数の方で、大体はこれがないと、物凄く弾きにくいです。物凄く大柄な方とか、足が長くて、膝の筋肉鍛えてる方以外は無理じゃないかと。少なくとも、私は弾けません。

でも、このエンドピン、支えるだけのためにあるのではなく。

楽器の振動を床に伝えて響かせる

役割もあります。

だから、チェロ弾く人たちは、
響きを良くする為に エンドピンの材質 にこだわる人が多いんです。


ちなみに、これ、付け替えが簡単で
普段はこんな感じ。長さもねじで簡単に調整可能
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ねじを緩めて、引っ張るとぽこっと抜けます。
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だから、取り換えは簡単!
だから凶器になるって㊙️

選ぶポイントは、サイズと素材ですが。
サイズは2種類だけで楽器に合わせて自動的に決まります。

悩むのは素材だけ。

で、

その素材なんですが。
これが種類が沢山あるんです。

主な成分は
カーボン
チタン

タングステン

のどれか、単一でできているものや


それらが混合している合金

例えば
タングステンとチタンと真鍮とか
カーボン入りチタンとか

値段も1万円から10万近くまで

こんなマイナーなものにどうして?と思うほど色々あります。

私も前の楽器の時に、エンドピンを替えました。
元々ついていたものが、スチールで空洞の言わば「安いエンドピン」だったので、グレードアップしようと。

でも、どれがよいかさっぱりわからず。
大体、高ければ良いという訳ではなく、楽器との相性、音の好みが皆違いますので。
カタログや他人の評価では、選べないんです。

試奏させてくれるところ!と、探したら。
ありました!

1か月2000円の料金で送ってくださって使わせてもらえるとか!
自宅で使ってよいとなると、実際に試せるだけでなく、場所を変えて(自宅とか合奏練習の場所とか)試し弾きできるのでありがたい。
使ってみて、確かに響くなあと思ったのですが、結局、重すぎて、断念しました。
(お断りの手紙を書いたら、凄く丁寧にお返事いただいて。かえって恐縮してしまいました。)

他にも試したいけど。
と探したら。

近所の大型楽器店が、試奏させてくれると❤️

早速予約して行ってみると。

防音室の個室に通されて。

「いまこれしかないんですけどー」
と言いながら、6本くらい出してきてくださり。
一通り、素材の説明を終えると
「どうぞごゆっくりー」
と、バタン!とドアが閉まり、1人。

まさかこんなに沢山、弾かせて頂けるとは思わず。感謝とともに困惑。。。
悩んでも仕方ないので、
わけわからない中、もくもくとエンドピンを替えて弾いてみる。

色々やっているうちにわかってきたことは、簡単で。

確かにそれぞれに特徴があって、魅力的なんだけど。

カーボン以外は重いのです。

チタンも軽いはずなんですけど、
その時はチタンはなくて。。

カーボン以外は
タングステンとか合金のものが多かったのですが。

無茶苦茶重い。

重いから嫌!って話をすると、男の方はきょとんとした顔をなさるのですが。

そして
「車で運ぶんだから、少々重くても問題ないでしょ」
と言われるんですけど。

それが、ダメなの。

ちょっとした移動でも重いとストレス。
たまに、片手で動かさなくてはいけないことがあって。
その時は、ずり落ちるんじゃないかと思うほど、辛い。

年齢が上がるほど。
切実になってきています。

だから。。
色々魅力的なものを見せていただきながらも。。

飛びつくほどの素晴らしさはないけど、総合点では、ダントツの一位だったので。。

すんなり、カーボンに決定。

使い良くて気に入って使っていました。
重い音は出ないけど、優しい柔らかい音がでるので。


その後、
楽器を買い換えて。。

この時のエンドピンは新しい楽器でも使うつもりでした。とっても気に入っていたので。

でも、私は何も言わないのに、楽器屋さんは
「エンドピンはサイズ違いますからね。前のは使えませんよー」
と、釘をさされた💦

サイズ違っちゃどうしようも無いので
泣く泣く、楽器と一緒にエンドピンを手放しましたが。
買ってくれたお兄ちゃん、気に入ってくれてるかなぁ?今度聞いてみようっと。

前の楽器についての話は
こちらに。
o-chancello.net


今のエンドピンは、楽器屋さんお気に入りの 鉄 のエンドピンです。
楽器屋さんにとっては、
「エンドピンは鉄に限る」
のだそうです。

もちろん、鉄で問題ないんですけど。
挑戦好きとしては、

カーボンも試してみたい。。。

コロナ終わったら、カーボン試しに行ってこようかなと思ってます。
楽器屋さんに内緒で(笑)

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笑える思い込み

シューベルト の有名な、ピアノ五重奏「ます」

マス釣りをしている漁師が、ずるをしてマスを釣り上げる様子を歌ったものなんですが。

私は「ます」を升酒の「ます」だと思っていて。

ウメザワ 桧 ひのき 1合升 日本製 293084

おじさんたちが酒盛りして上機嫌になってる曲だと思っていました。
この曲のレコードジャケットを見ると魚(マス)の絵が描いてあって。それであれ?と思いそうなものの。
私は、魚(マス)は酒の肴で出てきた、おかずの魚と理解してて、「ます」が「升酒のます」であることに疑問を持つことはありませんでした。
ある日、叔母の家に行くとこの曲が鳴っていました。
「ますだねぇ。この曲好き〜」
と言っていたら、
叔母は「魚釣りにウキウキしながら行くって感じだよね。」と言っています。

魚釣り???

「このますって魚のこと?」

叔母は、きょとんとしてましたが、私が「升酒のます」と思っていたことを言うと爆笑。。
よく考えたら、
ヨーロッパでなぜ升酒の「ます」が出てくるのか。
よく考えなくても、変だと思うはずなんですが。
思い込みとは凄いもので。。。



七つの子という歌がありますよね。

からす なぜなくの からすは山に かわいい七つの 子があるからよ

っていう歌です。


山の古巣(ふるす)に行て見てごらん

という歌詞を、わたしは山のプールにカラスの子がいると思っていました。
 ふーるすと歌ってるのに、ふーるをプールに勝手に変えて、残った「す」は、昔の言葉の使い方なんだろうと、1人で昔言葉を作って。。。カラスのプールがあるのかと、山のプールを想像し、羨ましく思っていたんですけど。



赤とんぼ では。。

負われてみたのはいつの日か

という歌詞のところ。

子どもが大人に背負われて赤とんぼをみている情景を、子どもの目線で歌っているんですけど。

私は赤とんぼが子どもに追われている、赤とんぼの立場にたった歌だと思っていました。
赤とんぼは、本来のんびりした曲ですが、私にとっては何とも忙しい、命の危険が迫る切実な歌だったのです。

どちらも、かなり長い間思い込んでいました。



これは私ではないですが


昔「巨人の星」という
大人気のテレビアニメがありました。

これを見ていた人が、
コートを整えるローラーのことを「コンダラ」だと主張して。。
なんで?ってよくよく聞いたら。

これの主題歌

思いこんだら 試練の道を
行くが 男の ど根性

の歌詞から始まります。

テレビを見ていた方はわかると思いますが、その歌詞が流れるとき、画面では、主人公の星飛雄馬が運動場で1人汗を流しながら 重そうなローラー を引いています。

それ見てたら歌詞の
思い込んだら

重いコンダラ

になっちゃって、
だから引いてるものの名前が
コンダラ」になってしまったらしく。。

爆笑を通り越して感動しました。


つい先日知ったばかりの話で。

ドボルザークの「新世界より

ずっーと「アメリカ」についての曲だと思っていました。

でも違うって。

アメリカにいるドボルザークが故郷のボヘミアチェコ)を懐かしく思い書いた曲だとか。。
確かに、新世界よりだから。
アメリよりなんですよね。

4楽章なんて、汽車の動く音みたいだから、ニューヨークの街を走る蒸気機関車と思ってたんですけど。
全然違うらしい。

自分で信じてるだけなら、いいけど。

数年前、市民オケの演奏会で弾いて
係の仕事で、常連のお客様への招待状の葉書を作ったんです。
アメリカ大陸の絵をバックに描いて
新世界やります!
って書いて、だしてしまった。
多分300枚くらい。。

まあ、そんな葉書見ても惑わされるかたもいないだろうし、第一、ハガキを凝視する方もいらっしゃらないでしょうけど。
団の名前を使って無知をひけらかしてしまって。。

ほんと恥ずかしいったらありゃしない!

無知は無知でもう仕方のないものですけど。
せめて、自分は無知だと確認しながら生きていかないと どうしようもない婆さんになってしまう。

今、この文を書きながら、ちょっと怖くなってきました。。。


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生花とコロナと潤いと

買い物帰りに、花屋さん寄って、食卓に花を飾るのが習慣です。

ということに、ずっと憧れていました。(笑)

でも、全く出来なくて(笑)

花屋さんの前で花を眺めるものの、
高いなあ と思い
だからと言って一本だけ買うのも気が引けて。
「また今度」
とひとりつぶやき帰る日々。

庭やベランダで花を育てる方も多いのでしょうが。
マンション暮らしで土はなく、
だからと言って、鉢植えで育ててみても。
私が育てると何故か枯れる。。。
サボテンでさえ、枯らす状況に家族は呆れ果て(笑)

お正月とか、命日とか、頂きもの以外は、
我が家で生花を見る機会はなくなりました。

コロナが始まり、ステイホーム。
密な家族生活は、なんとか過ごせていたけれど
いつもの商店街が真っ暗で、通る道さえ、
薄暗くなっているのはかなりの衝撃でした。

潤いほしい!

そんなとき、ネットで見つけた
花の定期便

コースはいくつかありますが、
我が家は1番安いコース。
送料込みで1回千円弱で月2回郵送してくれます。
ポストに入れてくれるので、受け取りの手間も要りません。

1週間前に届いたもの
f:id:pokuchan:20210916090537j:plain
一般的な花屋さんでは、廃棄ロスの値段も加味されますが、ここでは必要量だけ花を購入することから、値段も押さえられるとか。

もう1年くらい続けてます。
「いつも生花がある食卓」も
段々と板についてきました。


この花は3週間以上たってもまだ元気で、でも、新しい花が届いたので食卓から玄関に移動しました。
f:id:pokuchan:20210916091129j:plain

家の中に人間以外の生き物がいるのは、
たとえ、生花であっても潤いが出て。
予想以上に効果がありました。

今は商店街も煌々と明るいし、世の中も明るい兆しが見えてきているけれど。

私には、この花はまだまだ必要だなと思います。

とは言っても、個人商店大好きの私としては、
大手のシステムにのってしまって良いのか?
近所の花屋さんはどうする?
と思うと、手放しで喜べるものでもなくて

でも、郵送ポスト投函は、魅力的で。

もう少したったら、見直しが必要かも。

今年の十五夜は、9/21だそうです。

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