87歳の母。右腕を骨折して2週間半たった。
お願いしていた介護のケアがようやく始まった。(ようやく。と書いたけど、結構スムーズに行っている方だと思います。周りの皆さんのおかげです。ありがたや)
今日は初めての通所リハビリ。
通所と訪問の2種類をお願いしていて、今日は通所リハビリ。(訪問リハビリの方は混んでいて12月からになった。)
場所は今まで、医療保険のリハビリで通っていた整形外科と同じ、「介護センター」(隣の建物)の方で行われる。
ついでに、骨折の診察も、あと骨折の後のリハビリもまとめてやってくれるとか。。
なんて、スムーズなんだ!と感動するとともに、凄い経営能力!と感心する。
何よりありがたいのが、送迎付きだということ。家の入り口(ドア)まで迎えに来て、送ってくれるとか。。世の中進んだもんだわ。
きっかけは、足が弱っていて、かかりつけ医から紹介されたのがこの病院だった。でも、当初、母は全く行く気は無かった。
どうにか行く気にさせようと、
「黒柳徹子さんも草笛光子さんもやってるんだって!」と言う言葉で(母は芸能人に弱い(笑))リハビリに行く気にさせていたんだけど(笑)
私の送迎から、送迎バスに変わるので、母がどんな反応をするか読めなかった。
「今日は疲れてるから止める」とか言い出すんじゃないか(乗り気じゃないと、すぐ嫌になる性格なので(笑))とちょっと心配したが、思いの外乗り気で(笑)
前の晩からウキウキしていた。
良かった良かった。
この2週間半、外に出かけたのは一回。しかも今回行く整形外科に私の車で出て行って、診察とリハビリして帰ってきただけ。
あとは、朝晩の食事の時に、母の部屋から我が家まで100メートルに満たない距離を往復してるだけだから。
同じ整形外科とはいえ、バスに乗せられてのお出かけは、ちょっと楽しみなのかもしれない。
朝も、着替えするのも楽しそう。
迎えの時刻の8:30を心待ちにしている(笑)
8:30ぴったりに、ピンポンが鳴った。
迎えに来てもらうのに手間取った(家のマンション迷路のようで、みんな迷う。。)けど、無事、バスに乗せられて、出発した。
帰りは12時過ぎとか。。4時間!
息子の幼稚園の頃を思い出した。
やっぱり、バスで、初めての登園日。息子はウキウキして幼稚園バスを待っていた。バスが来ると、物凄いスピードで、先生が園児を乗せる。息子も大喜びでバスに乗ったが、母も当然乗ってくると思っていたらしい(笑)
息子の立場からすると、バスが出発して、外を見ると母が外で手を振っていた。。え!何で!
びっくりした息子の顔!目がまんまるになって、ショック状態になった後、大泣きしていたがその泣きの状態のまま、バスは発車した。
あの目がまんまるになった顔は、今も忘れない。
そのまま大泣きで1日を過ごすんじゃないかと心配になったのだけど、その後、3つ先から同じバスに乗る友達がいて、そのお母さんがメールで「泣いてなかったよ。大丈夫!」と教えてくれてのでホッとした。
話は母のバスに戻る。
母は、もちろん泣くこともなく(笑)、手を振る私の姿も気がつかないようで、そのまま連れられて行った。
その瞬間、妙に気が楽になった。
時々大変だけど、食事もトイレも問題ないし、起き上がるのも問題なくなってきた(床に寝転ぶとダメだけど)だから、困っていないかチェックするくらいで介護としては、本当に楽な部類なんだけど。。
他人に委ねるとこんなに気持ちが楽なのかと、初めて知った。
子どもが幼稚園に行ったときは、泣いてないかとか困ってないかと、ヤキモキしたけど、母の場合は何も心配ない。(多分)
本当に気が楽になった。
とは言え、留守だから伸び伸びしようと(いつも伸び伸びしてるけど、もっと(笑))思っても、介護の契約だの、納入だのがあって結構バタバタした。
ケアマネさんとの契約書で契約は終わりかと思ったら、全くそんなことはなく、介護用品の会社、通所リハビリの契約、訪問リハビリの契約、入浴介助の人との契約。
皆、別々に契約が必要で。。
今日は介護用品の会社の方が契約書を持ってこられた。
何枚もの契約書を読み上げ、説明が入り、何箇所にも住所を書き、名前、そしてハンコが必要だ。。
「まだハンコ文化なんですねぇ。」と、物凄く穏やかに(責めてませんよー、でも一応意見は言いますよーという感じ)言うと
「そうなんです。全然減らないんです」
と、言われる。
システム自体は便利なものでありがたいのだけど、この煩雑な「契約システム」
どこがやらせているのだろう??
バタバタしてるうちに、母は帰ってきた。
久しぶりに4時間も外出して、疲れた!と言う。そりゃそうだよね。どうだった?と聞くと、「おんなじような年寄りがどっさりいた。」との答え。でも、これからも続けたいとのこと。良かったー。
かなり疲れているようなので、ベッドで寝る?と聞くと、「夜寝られなくなるからベッドは嫌」と殊勝なことを言う。
「それより」と母。
「今日の夜はハヤシライスが食べたい」
とのこと。
預かってもらってちょっと心の余裕が出来た私は、快諾する。
心の余裕って素晴らしい
こんなに心の余裕が出来るのなら、もっと預かってもらえないかなぁ。。
と、すぐに欲張りが出たけど。
まあ、しばらくはこのままで追々考えることにしよう。
昭和41年11月15日(火)
シチュー
大根、生揚げの煮物
セロリ、油揚げの味噌汁