好き嫌いはダメ
という家に育った。
今は食べることが大好きだが
小さい頃の私は食が細くてなかなか食べることが出来なかった。
お茶碗に入っている白米が食べきれなくて苦労した。ふりかけをかけて食べれば良いと誰かが言い出して、その頃流行っていた4種類入りの ふりかけ が登場した。プラスチックの容器に4種入っていて、蓋を回すと好きなものが出てくるものだった。それのおかげで白米を食べ残すことは無くなった。
ふりかけは4種あっても好きなのもは決まっていて、嫌いなふりかけはいつまでも残っていた。好きなふりかけが終わったので、新しいのを買って欲しいと言っても、残りを全部食べないとダメと言われ。また、困難が巡ってきた。
何故か胡麻塩だけが残った。
そんなシンプルなものが何故いやだったかよくわからないけれど、いつまでも残っていた。
食べる量は少ないけれど、好き嫌いの多い子どもでは無かったと思う。でもピーマンだけはダメだった。何か匂いがあって嫌だった。どうしても食べられなかった。
ある日生のピーマンを一個渡された。
一個そのまま。
目の前には母と祖母、そして母の妹が正座して怖い目で見ていた。
「全部食べなさい」
と、迫られた。
今考えてもめちゃくちゃだが、とにかく好き嫌いは許さないと、食べろと迫る。
生のピーマンを。。。
初めは食卓での攻防だったが、
いつの間にやら、部屋の隅に追いやられた。
隅に置いてあった暖房器具か何かの上に私は座って、ピーマンを持ってる。
怖い(笑)女3人は、正座して下から怖い顔で睨んでいた。
追い詰められたと、逃げられないと観念した。
端っこをちょっとかじった。
「もっと沢山食べなさい」と言う。
かなり長い時間攻防は続いた。
観念して、かなり大きめの一口をかじった。決死の覚悟だった(笑)
なのに、「もう一口」と言われた。
やけになってもう一口食べた。
「はい、オーケー」と言われて3人はそれぞれ目の前から去っていった。
あんなに大変な思いをして解決したのに、終わるとあっけなかった。
褒められることもなく。優しい言葉をかけられたこともなく、さっさと消えていってしまった大人を見て、解放されたという安心感と、この人たちは容赦しないんだという恐怖感だけが残った。
ピーマンは食べられるようにはならなかった(笑)
その頃うちにはお手伝いさんがいた。
おばあさんのイメージがあるが、計算すると40代後半のころ💦物静かで優しい人だった。そしてお料理が好きな人だった。
おばあさんは、そのピーマンの攻防(笑)を見ていたようだ。
ある日、ハンバーグを作ってくれた。
何故か、いつも昼ごはんは、親と一緒ではなくいつもそのおばあさんと台所で食べていた。
ハンバーグは、すごく美味しくて、美味しい美味しいと言いながら食べた。
夕食の準備をしていたのだろうか?おばあさんは背中を向けて何かを切っていた。
切りながら「そのハンバーグの中にはピーマンが入ってるのよ。」と静かに言われた。
ピーマンを物凄く細かく刻んでハンバーグの中に入れたらしい。外から見ても緑のピーマンの存在感は全くなかった。
「食べられた!」という喜びが大きかったが、一方でなぁんだ簡単じゃないともおもった。
それまで、ピーマンを食べることは、本当に本当に大変なことと思っていた。追い詰められて怖い思いをしてもなかなか食べられなかったくらいだから、本当に大変なんだと。
でも、実際は物凄く簡単だった。
なあんだと思ってからはピーマンで苦労した覚えがない。
きっとちょっとずつ食べて行って問題なくなったのだろう。
でも、そんなでこぼこの食教育のおかげ(笑)で
給食では苦労しなかった。
あの頃の教育は、笑っちゃうほど厳しくて
食べられない子は給食が終わっても残って全部食べさせられた。
みんなが教室掃除をしているのにほこり立つ教室の隅でアルマイトで出来た器を絶望的な顔をして見つめている子がよくいた。
私が生のピーマンを持たされて追い詰められた姿と同じだった。
あれがあの頃の教育だった。
でも、あれで食べられるようになった子どもは多分少ないだろう。むしろ、それで給食の思い出が悪いものになってしまっているかもしれない。
今の給食は美味しいと、言われる。チャンスがあって何回か食べに行ったことがあるが、あまり変わりないと思った。食べ方、食べさせ方が変わったから美味しく感じるんじゃないかと思う。
母が近くに引っ越してきてからもう10年になる。
朝と夜ご飯は我が家に来て一緒に食べている。たまに母が作ってくれることもあるがほとんどが私が作る。
作ってみて初めて気がついたのだが。
母は野菜をほとんど食べない。嫌いらしい。
ほうれん草のおひたしもにんじんのグラッセも食べない。ジャガイモとかぼちゃは食べるが、いわゆる昔の子どもが「嫌い」と言っていたような野菜はまず食べないことがわかった。
びっくりした。
昔、母が夕食を作っていたころは、全く気がつかなかった。嫌いなものは自分には取り分けないで済ませていたのだろう。でも、子どもの好き嫌いは許さなかった(笑)
母が野菜をあまりに食べないので、周りの男達も気にするようになった。
肉を混ぜて炒めると食べるとか、おひたしは嫌みたいとか情報が集まった。
色々工夫するようになった。
子どもと違ってプライドが高いので、たとえ、食べても口に出してはいけない。
「よく食べたじゃない!」なんて言ったらバカにされたと次回から食べなくなる。
だから心の中で、「やった!」と思うだけ。
そうやっているので、我が家の献立は息子中心から、母中心にシフトしつつある。
親の食教育をするとは思わなかった。